当時、音楽が持つこの実践的な役割は同時に宗教的で、イデオロギー的であり、道徳的であり、純粋に芸術的なものでもあった。
この道徳的に形成された音楽作品において、宗教的、哲学的、又芸術的のものとしてこれまで定義づけられてきた音楽のパラメターを測定し、数字を出すことで客観的に見始め、それによってピタゴラスは近代科学思考の概念を今日呼び起こしたのである。
これは、当時の宗教的、哲学的、道徳的、芸術的なリーダーにとって、それなでまであった世界観をひっくり返してしまうような脅威となる非常に革命的な行動であり、だからこそ、ピタゴラスが高まりつつある政治、道徳、哲学、芸術の論争の渦中に巻き込まれ、最終的にイデオロギー的な迫害を受けたのは偶然の一致ではなかったのです。それがゆえに、ピタゴラスは音楽学の研究と物理学と数学を利用して、人生の前述の領域を捉える準備を行っていた。その領域とは勿論、現代の社会生活における指導者たちが持っていた以前の力が失われる原因にもなった宗教、倫理、哲学、そしてそれらの領域を啓蒙するために科学の性質を正しく知る術のことである。
ピタゴラスは、音楽小宇宙において主観的世界と客観的世界の間に自然に創造的接触ポイントがあることを確認していた。つまり、一方で人間の内面の世界と宗教、倫理、道徳、哲学、イデオロギー的概念、また才能と人間が持って生まれながらに備えている特徴と能力をも併せ持った内面の世界と他方で数学、物理学、化学、生物学、それに天文学の合理性の世界との間の創造的接触ポイントなのです。
ピタゴラスはこの音楽小宇宙を使い、人間の外面の世界と内面の世界、そしてこれによって自然に発生する科学を固く結びつけたかったのです。
そして、そうした理由でピタゴラスは、一方で有名な若い内科医、科学者、芸術家のための自身の訓練学校で、以下のことを論理的に教えました。それは楽的直感、音楽的思考と感情の領域を意味する、内面的な想像の空間にある音楽小宇宙の存在する創造主の持つ調和の自然法則を直感的で自然に発生的に、そして内面的に理解することだったのです。また、他方で外的な経験主義、すなわち自身の有名な「一弦器」を用いて、音楽小宇宙の自然法則を科学的に理解し、また音楽小宇宙そのものと音楽小宇宙が医療、生物学、物理学、天文学といった他の科学分野との調和的関係を数学的かつ物理的に研究することだったのです。
ピタゴラスのこの複雑な研究や教育は、健康の面の域を超えて標準化された生活や創造の分野を理解すること、そしてそれがゆえに、近代科学において獲得しようと奮闘しているものである、分野の理論を発展させることに向けられていた。しかし、ピタゴラスはこれとは逆に、同時に宗教、倫理、心理学、社会学、芸術とともに医学も、こうしたひとつになり、主観的かつ客観的に知識が実を結んでいく過程全体の中に入れていた。
それ故、ピタゴラスは、自然な調和によって形成された外の世界と内の世界の全体論的で標準化された展望へと前進するために、相互理解の成果を確認しながら組み合わせたのです。
ピタゴラスは確実にこの統合された礎に、人間が自然に持つ威厳が全体論的かつ系統的に発達し、命と自然環境が守られるようにしたかったのです。
しかしながら、例えば今日人間が銘板で行うとしているように、全ての人類に平等に応用されることになっていて、そういった全体論的に健康維持するための自然システムをピタゴラスが作り出す前に、強いカリスマ性を持った進歩的な哲学者であり、ピタゴラスは統治する独裁者の目には危険すぎると見なされていたので、彼の修練場は破壊された。